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お竹さんは心配症

お遍路4回目 二日目 ~番外・紫電改展示館~

さて、私が以前からどうしても行きたかったところ。
それは、第40番札所の観自在寺から、車で10分程度のところにある
『紫電改展示館』です。
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今更説明するまでもないと思いますが、紫電改とは
第二次世界大戦期の日本の戦闘機です。
間違っても、某毛生え薬の事ではありません(^^;)
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この展示館に展示されている紫電改は、国内に現存する唯一の機体で
1945年(昭和20年)7月24日(終戦の20日程前)に出撃・水没し
34年後の1979年に、海底から引き揚げられました。
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この紫電改が水没したのは、攻撃による撃沈ではなく
機体になんらかの不具合が生じ、着水後水没したと思われるとのことです。
引き揚げられた機体に目立った損傷が無かった事がその理由とされています。
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しかし、この機体の操縦士も不明で、操縦席に遺骨や遺品も残っていなかったため
水没時の詳細な事は解りません。
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当時、紫電改が配備されていた松山基地の第三四三航空隊(剣部隊)は
エース級の優秀な搭乗員を多数擁していた事と、紫電改の性能も合わせて
敗戦濃厚な戦中末期において、その終戦まで活躍した事で有名です。

その頃三四三部隊に配属されていた本田稔海軍少尉は
広島に原爆が投下されるのを目撃しており、その衝撃波で500m落下したそうです。
後に本田氏は長崎への原爆投下も目撃する事となり
『紫電改で出撃していればB29を落とせたし、なんとしてでも阻止した』
と語っています。
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引き揚げ時の写真が展示してありました。
この機体の引き揚げには、多くの遺族が、その作業を息を飲んで見守っていたといいます。
機体が海中から姿を現した時、どんな気持ちだったろうか・・・。
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この機体は、豊後水道上空で交戦し、未帰還だった6機のうちの1機ということです。
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もしかしたら、まだ他にも、海底に眠る紫電改があるのかもしれない・・・
でも・・・もしそうだとしても、もうそのまま、そっとしておいたほうがいいんじゃないか。
展示館から見えた久良湾を眺めながら、そんな事を考えたりしました。

紫電改については、他にも語りたい事が沢山あるのですが
それをやってしまうとお遍路ブログが前に進まなくなるので(それでなくても進んでない)
もしいずれ機会があれば、またお話したいと思います。

そんなわけで、やっと紫電改に会えたお竹さん。
もうこのまま帰宅してもいいや~くらいに満足したのですが
そうもいきませんので(笑)、次のお寺、第41番・龍光寺を目指しま~す!  

                                           ~続く

※沢山のコメント、本当にありがとうございます。全てありがた~く読ませていただいております。


↑ありがとうございます

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by nyayu2648 | 2014-12-04 23:59 | 犬連れ遍路